釈迦堂(比叡山滞在記)

11月に入り、全国的に寒さが強まってきたようです。特に日本シリーズでカープが優勝するものとばかり思っていた広島の冷え込みようは格別であります。

明日11月5日は、当寺のすぐ近く、平和大通りにて『カープ優勝パレード』が行われる予定ですが、

「リーグ優勝の時、しときゃあ良かったのにのう」(ため息)

等消極的な意見が聴かれるなどして、果たして盛り上がるのかと今一つ不安な模様。

しかしながら、確かに先日のメジャーリーグワールドシリーズの如く最終第7戦までもつれ込み熱戦激戦の上での敗戦、というやり尽くした感とは無縁の完敗であったけれども、この時期まで赤いユニフォームを全国放送で観て楽しむことが出来たのだから、「言いたいこと」はぐっと押さえ、感謝の気持ちを前面に押し出すのが赤ヘルファンのたしなみと言えましょう。

明日のパレード、なんだかんだ言って、平和大通りは赤く染まるのであります。

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と、同じ赤でも、ここは前回のブログでご紹介した比叡山「にない堂」(常行三昧堂)、本題です。

親鸞聖人が修行したと言われるこのお堂を背に、長い石段を下ると現れたのが、

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巨大な伽藍、「釈迦堂」です。

本来は「転法輪堂」という名称ですが、ご本尊がお釈迦様なので「釈迦堂」という呼び名の方が広まったようです。

因みに「転法輪(てんぽうりん)」とは、法輪―つまり、仏法を輪っかにたとえ、それが転がって迷いを粉砕する、という意味があるそうです。言い換えれば「お釈迦様のお説教」ということですね。

ところで、この建物、比叡山で一番古い建物だそうです。信長の焼き討ちにより、延暦寺は今年の日本シリーズ第6戦のカープごとく完膚なきまでに滅ぼされたのですが、その後、豊臣秀吉の命により、滋賀県大津は三井寺(園城寺)の金堂がこの地に移築されました。その金堂の造営年は1347年。と、いうことで比叡山最古となるわけです。

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三井寺は琵琶湖畔に近い場所にあります。そして、ここ比叡の頂上は848メートル。険しい山道を人力で、斯様に巨大な伽藍の木材をよくぞ運び入れたなと、その労力にただただ感心するほかありません。

さて、この「釈迦堂」国の重要文化財であり、そのためか堂内は撮影禁止となっております。その荘厳な模様をお見せできないのは誠に残念ではありますが、ひとつ撮影を許されたものがありました。

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これは内陣(ご本尊等をご安置する空間)前に置かれた「常香盤(じょうこうばん)」。鉄格子の内は香炉灰で、そこに黄色く幾何学模様が描かれています。

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その黄色い模様、実はこれ「抹香(まっこう)」というお香です。抹茶と同じように粉末状にしたお香を抹香といいます。香炉灰に溝をつくり、この粉末状のお香で埋めるわけです。そして火を付けると、ゆっくりじっくりと香は模様を描くように燃焼し且つ煙と匂いを放ち続けるのです。

また、常香盤の中は、風など外部の影響を受けにくい環境のため、抹香の燃焼速度は安定しており、時計としての役割もあるということです。

因みにこの抹香、「モチ」はよいのですが、粉状のため取り扱いが難しく面倒です。そこで江戸時代に入って発明されたのが、抹香を固めた「線香」。

と、豆知識でした。

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