前夜

今日の午後8時頃、小雨。

平和記念公園「原爆供養塔」前において、広島市内中心部の浄土真宗本願寺派寺院が一堂に会し、「原爆犠牲者追悼逮夜法要」を修めました。

「原爆供養塔」は円墳状の建造物で、中には約7万体の身元不明のご遺骨と、2434体の遺族不明のご遺骨が御安置されています(広島市HPによる)。

1945年8月6日に米軍が投下した原子爆弾による広島市の死亡者は、その年の年末までに14万人プラスマイナス1万人と推定されています。プラスマイナス1万人!この曖昧な数字は、原爆が広島を如何に無慈悲に滅ぼしたか、その非情な有様を物語っています。

私共の淨寶寺先代住職、及び坊守(住職の妻)、並びに長女の遺骨も未だに以て不明であり、もしかすると「原爆供養塔」内に納められているのかもしれません。或は、原爆の炎に焼き尽くされたのかもしれません。

仏教の信仰篤い広島の街には、多くの寺院があり、そのほとんどがやはり原爆に焼かれ、多くの関係者がお亡くなりになられました。

「原爆供養塔」に無関係な街のお寺は皆無なのです。

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原爆ドームから土手沿いの道路を隔てたすぐ東側、爆心地にほど近い、浄土真宗本願寺派「西向寺」を集会所として、寺院僧侶一同は「原爆供養塔」へと向かいました。

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元安橋から。川岸のステージではコンサートが開かれている模様です。

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対岸の原爆ドーム。雨にもかかわらず聴衆が。

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「原爆供養塔」前に設置されたご本尊。その後ろに円墳状の供養塔が佇んでいます。

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市内寺院の僧侶が続々と集まり、読経。「原爆犠牲者追悼逮夜法要」が厳修されました。

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法要後、代表の僧侶よりご法話がありました。

「お母さんのばか」

ある女性は、渦巻く炎の中、建物の残骸に挟まれて身動きできない子供を、見捨てていかねばならなかった。別れ際、その子から聞いた最後の声。その声と共に過ごした原爆後の人生。

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原爆は天災ではありません。人災です。

人の何がその地獄をもたらしたのか。

それは「境界線」だという。

命の尊厳と平等性を見失い、自分のその都度の都合で、人に対して敵味方と、短絡的に「境界線」を敷いてしまう、浅はかな自己中心的態度。

その態度が争いを生み出し、地獄をつくり出してしまう。

私達の「境界線」を敷くことに無自覚な精神生活の態度を、争いを引き起こす根として、仏教では「罪業深重」とお示し下さるのでしょう。

ちなみに仏の態度は「無辺際」。「辺」ほとり無し。「際」もなし。「境界線」の入り込む余地のない絶対平等の眼差しです。「境界線」なきが故に敵味方という争いもありません。

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法要も終り、会場を後にするその中途に撮影。明日、あの有名な慰霊碑の前で式典が執り行われます。

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雨水の反射が美しい「レストハウス」。この建物は元「大正屋呉服店」といい、平和公園に現存する被爆建物2件のうちの一つです(内1件は原爆ドーム)。

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「原爆の子の像」。8月6日に向けて、夥しい「折り鶴」が全国から寄せられていました。

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