環境

【今日はお酒のお話を書きます。お寺がお酒のことを話題にするとは破戒ではないか。そう思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、浄土真宗は在俗の宗教。普通の生活を送りながら歩める仏道を見出されお示しくださったのが開祖親鸞聖人です。それを本願力回向の仏道といいます。自力で歩む仏道ではなく、仏の側から恵まれた仏道。ですから、出家修行は浄土真宗にはありません。よって肉食・妻帯・飲酒も禁止されていません。そのことを予めお伝えしておきます。】

たまに顔を出すバーに行くとマスターから、とあるスコッチウイスキーのシングルカスクを紹介された。薦められるままショットを注文し、香りをきき、口に含んで舌に載せた。痺れるようなアルコールの刺激はすぐに雲散し、深いコクが立ち現れてきた。やがて波が返すようにそれは引いていったが、微妙な変化を見せながら存外長く余韻は続き、最後に果物を思わせるような味わいがポッと花開いて消えた。マスターが二滴、スコットランド産のミネラルウォーターを加水すると、小さなグラスは一層華やいだ。37年物である。

シングルカスクとは、一つの樽から瓶詰めされたものをいう。通常ウイスキーは他のいくつかの樽と混ぜ合わせて風味を調える。時には水も加える。だからシングルカスクは最も純粋な瓶詰めウイスキーと言える。味を調節しないのだからごまかしは効かない。

樽詰めされたウイスキーは年2%ほど蒸発していく。50年で空っぽになる計算だ。しかし、樽の置かれる環境の、寒暖の差が激しいと当然蒸発率は高くなる。逆に安定していると2%以下。37年物なら単純計算すると36%しか樽に残っていないことになる。50年物になると残っているのが奇跡のよう。稀少なのだ。そして水分とアルコール分が蒸発しただけ、味わいは柔らかくそして深く個性的になる。だからと言って美味であるかどうかは別の話だ。閻魔のように厳格なブレンダー(利き酒師)の舌と鼻をくぐらないとシングルカスクの栄誉は与えられない。

どの作家のエッセイか忘れてしまったが、ある香水のブレンダーのエピソードが紹介されていた。たとえば朝、通勤の電車に乗る。すると隣り合わせた人が大便をしたかどうか、嗅ぎ分けてしまうそうだ。ウオッシュレットの普及した現在ではそう簡単にはいかないかもしれないが、凄まじく鋭敏な嗅覚である。業種は違えど複数の樽を混ぜ合わせ安定した味を作り上げるウイスキーのブレンダーも常人離れした感覚を持っているのは想像に難くない。故に店頭に並べられる何十年物のシングルカスクの銘を冠したボトルは、ブレンダーの厳しい試練に耐え抜いた樽のエリート中のエリート、最精鋭なのだ。

ところで、ウイスキー作りで最も重要な要素は何か?原材料、樽、設備、どれも欠かせない要素だが、それは「環境」だとマスターは言う。安定した環境であればあるほど、ウイスキーは樽の中でじっくりと念入りに自分を磨くことができる。逆にどれだけ良い材料、樽に恵まれようとも、不安定な環境下ではウイスキーもグレてしまう。その点は人も同じだ。

酒の種類は違うが、シャンパンにまつわるこんな話もしてくれた。

何年か前、バルト海中の沈没船から何十本かのボトルが引き上げられた。ダイバーは酒好きだったのだろう、早速船上で試飲したらしい。恐らくいつ如何なる時も持ち忘れることのないワインオープナーでコルクを抜くと、瓶の周囲はたちまち芳香に満ちた。中身はシャンパン。炭酸も気抜けしておらず、たいへん美味であったという。

羨ましい限りである。

その後の調査により、シャンパンはヴーヴ・クリコという高級ブランドで、年代は19世紀、170年ほど前と鑑定された。それらは例によってオークションにかけられ、一本百万円強の値がついたそうだ。

「意外と安いですね。」と意見すると、マスターも同意した。

何も沈没船から苦労して取ってこなくとも、同じくブドウから醸造されるワインには100万円以上の値がつく高級品がゴロゴロとあるからだ。わざわざ海中から引き上げられ、しかも170年前のシャンパンとなれば、その数倍高くても買い手はつきそうなものだ。

ただし現在手に入る陸上のシャンパンは最高級品でも5、60万円というから、ワインほどバブリーではない。だから海中のシャンパンといえども百万円くらいが妥当な値の置き所なのかも知れない・・・いや、それでも「沈没船」、「19世紀」というキーワードは、子供の頃手に汗を握りながら読んだスティーブンソンの「宝島」を彷彿とさせ、魔法のすっかり解けた大人が今更ながら求めるロマンの対価としては、決して安くはないものの、べらぼうでもない・・・

と、実際買うわけでもないのに、そんな会話をカウンター越しにしていたが、結局何が言いたいかというと、「宝島」のロマンを今に実現させたのは「環境」に他ならない。北のバルト海の海底という冷たく安定した環境が19世紀のシャンパンを現代に至るまで熟成させた。陸上ならばとっくの昔に酢にでもなってしまっていたことだろう。

話は仏教に飛ぶが、「依正二報」(えしょうにほう)という言葉がある。「依」とは依り所のことで環境とも言い換えられる。「正」とは正体、正に受けているこの身体とでも言おうか。報とは報い、結果である。今生きるこの私という存在は、それ自身独立して生じ存在しているのでは無論ない。過去の因縁や周囲の環境の結果によって、私はこの世に生まれ出て、そして生かされている。たとえば水、空気がなければこの身は保てない。水、空気をもたらす環境も私の命なのだ。

「環境」が重要なのはウイスキーやシャンパンだけではない。放射能や特定秘密保護法など不穏な空気の蔓延する環境が現代人に一体どんな熟成をもたらすのか。その報いは何十年か後、樽を開けてみなければ分からないだろう。結果は知りたいが、怖いようでもある・・・

最後に蛇足ながら、かの37年物のウイスキーの代金、コストパフォーマンスの高い商品と聞いていたものの、実際そうなんだろうけれど、私の財布の環境にはなかなか厳しいものがあった。

【教訓】注文は値段を確かめてから行いましょう。

 

 

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