陶芸家の言葉

河合寛次郎。

言わずと知れた陶芸の巨匠。

現在、廿日市のさくらぴあ内「はつかいち美術ギャラリー」において、その展覧会が開かれています。

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先週の日曜日、友人に誘われて鑑賞に訪れた折、丁度、河合寛次郎氏のお孫さんによる、ギャラリートークが始まったところでした。

一時間に及ぶトークは、さすが肉親だけあって具体的で愛情に満ち、まことに興味深い内容。

ところで寛次郎氏の遺された言葉は、たとえば、

「この世は自分を探しに来たところ、この世は自分を見に来たところ」

と、宗教家のそれのようです。

さらに、

「鳥が選んだ枝、枝が待っていた鳥」

すべてのものが関係し合っているという仏教の根本思想「縁起」の教えが語られているかのよう。

「たすからないと思ってもたすかっている」

仏法の光に照らされて、罪をつくりながら生きざるを得ない地獄一定の闇の身であることに気づかされた時、最も救い難いものをこそ救う阿弥陀様のはたらきが明らかになるという、浄土真宗の示す信心の内容が思い起こされます。

寛次郎氏は陶芸だけでなく、文筆にも優れていました。

日記も毎日マメにつけ、枕元には必ず紙とペンを置いて、思いついた閃きは必ず書き留めるようにしていたそうです。

そして、朝起きたら、

「昨日はこんな言葉をもらったよ」

と思いついた言葉を、皆に披露されていたということです。

宗教と芸術、畑は違えども、求道の行き着く場所は同じ景色なのかも知れません。

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