「日本には風にまつわる言葉が2千種類ある」
朝、ラジオのスイッチをオンにすると、そんな言葉が聞こえてきました。
ぶちおおいの!と素直に驚いて何かの教養番組が始まるのかなと思ったら、「♪ココロも満タンに〜」と聞き慣れたあのフレーズが・・・
それはコスモ石油の手がける風力発電のCMでした。
だいぶ前、何かの本で、アラビア語にはラクダに関する言葉がたくさんある、というエピソードを読んだ記憶があります。
日本でラクダと言えば、雄か雌か、それからひとこぶかふたこぶか、それとも鳥取砂丘かくらいの区別しかありませんが、流石、厳しい環境の砂漠でラクダと共に生きてきた民族は違います。
生活に密着しているからこそ、関心対象の観察は厳密となり、その分類も細分化されたのでしょう。
そういえば、AKB48の大ファンである知人は、あのうじゃうじゃいる女の子のだれが何べえという名前だと即座に見分け、私を驚かせます。
一方、あんまり興味のない私はといえば、かろうじて板野さん、大島さん、指原さん、丸ボウズになったひと、引退したあっちゃんとキンタロー、その6人くらいは即座に判別可能なのですが、あとの四十何名様については、明日総入れ替されても全く気付かないであろうと思われ、十把一絡げ。
つまり、AKB48の織り成す世界においては、誠に色彩に乏しい貧弱な住民なのであります。
私は、日本人が「風」について並々ならぬ関心を抱き、観察し、言葉を与えて来たことについて思いを巡らせました。
たとえば新緑の瑞々しい空気など、四季折々の季節の匂いは風が運んできます。
農耕民族だから、作物に影響する風の状態は重要な関心事だったに違いありません。
毎年、台風もやってきます。
和歌などの、風の動きを繊細に感じ取り、心情になぞらえる文学の例は枚挙にいとまありません。
つまり日本人は「風の民族」なのです。
実に豊かな風の世界観を有する。
「風の民族」・・・なんだかカッコ良い響きだなあ。
そこで、いち「風の民族」として、風にまつわる言葉を思い浮かべてみました。
海風、山風、寒風摩擦
東西南北春夏秋冬+風
偏西風に風邪に痛風
神風、台風、向かい風
追い風、逆風、つむじ風
そよ風、風流、松風、突風
花鳥風月、凮月堂に一風堂
うーん、2000には遠く及ばす(最後二つは店名)。
「風の民」失格か・・・
いにしえの日本人は、現在のような便利さはなかっただろうけれども、語彙の多い分、心豊かな生活を送っていたのでしょうか。
一月、澄んだ風が通り抜ける瀬戸内の島嶼






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