昨日(11/12)、報恩講法要をお勤めさせて頂きました。
親鸞聖人のご命日を機縁とし、そのご遺徳を讃え感謝申し上げる、一年の内で最も大切なご法要、それが報恩講法要。
今年も婦人会、若婦人会をはじめとする、ご門徒の方々のお力添えを頂戴し、準備も入念に、法要をお迎えすることができました。この場を借りて、厚く御礼申し上げます。
さて報恩講では、例年朝と昼のご法座の間、ご参拝の方々に、おとき(精進料理弁当)をお出しします。今年も婦人会、和婦人会の皆さまが、法要の二日前より下準備をして、手作りして下さいました。
毎年のことながら、本当に美味しいです。また、精進ゆえ、肉や魚は入っておりませんが、お味がしっかりしているので物足りなさを全く感じさせません。
ご参拝の皆さんとご一緒に美味しく頂きました。報恩講法要に来られたことのない方、来年はぜひお参りして、おとき弁当を味わってみてください。
ところで、今年もたくさんの方々にお参りをいただきましたが、遠方の京都からも数名ご参拝がありました。
というのは、法要のご講師が、京都にある本願寺西山別院の元輪番を勤めていたことから、当時ご縁のあった方々がはるばる広島までお越し下さったからです。
別院・・・本山本願寺の支店のようなお寺 輪番・・・支店長のような立場の人
ご講師は、福岡県築上郡築上町の金剛寺元住職、大江智朗先生(83歳)。私も以前、大江輪番のもと西山別院に勤めていた経験があります。今回はそのご縁でお越し願った次第です。
大江先生はひとことで言うなら「あったかいひと」です。
そのお人柄が滲み出るご法話に、皆自然と引き込まれ、本堂は何とも和やかな雰囲気に。
参拝された方々から、「有り難かった」、「お参りして良かった」、「感銘した」、そんなお言葉を幾つも頂きました。
私自身、「目からウロコ」なことを多々聞かせて頂き、有り難いのひとことです。
今年は初めてお参りされた方が数人いらっしゃったこともあり、何とも嬉しい報恩講法要でした。










コメント
コメント一覧 (2件)
いろいろなお話を聞かせていただきましたが、今の私に強く印象に残ったのは、地獄の「獄」の字は畜生が言い争っているのが由来で、自分勝手な正義を振りかざし他者を非難・罵倒している姿だ、というお話でした。まさに今までの私がそうでありましたので、ハッとしました。解っていたつもりになっていたのですが、改めて気付かせていただきました。ありがとうございました。
コメント、かたじけなく存じます。
地獄の「獄」のお話、私も全く同じ様に聞かせて頂きました。
恐らく、法要にお参りになられていた皆さんも同じ様にお感じになられたのではないかと拝察いたします。
仏法は鏡だと、よく申します。
自分の姿は、直接自分の目で見ることはできません。
仏法という鏡に映しだされて、初めて自分の姿を知らされます。はっとさせられます。
大江先生のご法話は、そんな鏡のようなお話でした。
味わい深いをコメント下さり、誠に有り難うございました。