本日は淨寶寺の「報恩講法要」。
聞信徒の方々のお手伝いにより、すっかり準備を終え、後は法要開始(11月13日①午前10時~/②午後1時30分~)を待つのみです。
㊤準備の整った本堂内陣。仏具も婦人会、若婦人会の皆さんが磨いて下さり、ピカピカです。
さて、報恩講法要は親鸞聖人のご遺徳に感謝申し上げるご法要。そのため内陣の両サイドにある余間という場所に、聖人のご一生を絵物語にした「御絵伝」(ごえでん)四幅を奉献します。
見方は、始まりが㊤写真掛け軸右側の一番下の段。親鸞聖人9歳時の「出家学道」からで、上の段へと順次進んでいきます。最上段までいくと、お隣り左側の軸に移り、やはり一番下の段から見ていきます。
そうやって、順番に見て行き、最後は㊦写真掛け軸左側の一番上が最終段。親鸞聖人がお亡くなりになられ、廟堂が立てられたところで絵物語は終わります。
ところでこの掛け軸、ちょっとした逸話があります。
先代住職第15代諏訪令海(昭和20年、原爆により被爆死)の時代、何らかの原因でお寺が火事になりました。その時、何はなくとも、ご本尊(阿弥陀如来像)と、聖徳太子像、そしてこの御絵伝だけは!と火の中から運び出し守ったということです。
それだけ大切な由緒があったということでしょう。
その後原爆で淨寶寺は灰燼に帰しますが、ご本尊も太子像も御絵伝も、令海が米軍の空爆を警戒して田舎へ疎開させていたため、有り難いことに、今でもその尊容を拝見させて頂くことができます。
㊧は「御絵伝」を収める箱。古色蒼然とした雰囲気。因みに作製された時代は江戸期です。
ちょっと、上から二枚目の写真、赤枠のところを拡大してみます。
なんという細かな描写!小さなスペースながら、狩衣の柄、背面の屏風の絵、畳の縁の柄に至るまで、しっかりと妥協なく書き込まれています。
昔の絵師の技術というか、職人技というか、大変な力量であったことが窺えます。
本日の報恩講法要、ご参拝の際は、この素晴らしい「御絵伝」も是非ご覧になってください。










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