蛇足

能管

左の画像は私愛用の能管です。

能管とは能楽における笛のこと。

京都に住んでいる時分、能管を能楽師笛方(ふえかた)の先生について、十年ほどお稽古させて頂いておりました。

なぜそのような芸事を習うに至ったかというと、割合い長くなるのでここでは割愛させて頂きますが、我ながら中々熱心にお稽古に励んでいたためか、割と早い段階で「差し指」という笛の指使いを教えて頂きました。

「差し指」というのは、いわゆる装飾音を出すためのテクニック。能管にも流派家元や職分家(大名に仕えるなどして、能楽を伝えてきた由緒ある家)があり、家々によって独自の工夫があるため、同じ流派の同じ曲でも吹き手によって全く違うものに聴こえたりします。

能楽には厳格な決まり事があり、そのため初顔合わせの能楽師たちがリハーサル無しで能を演じたとしても、ピタリと合ってしまうそうです。しかし一方で、その厳格な型を破らない範囲では、自由な発想が許されているという柔軟な面もあるようです。「差し指」も、能楽のそんな柔軟な一面でしょう。

で、その「差し指」を習い始めた頃のことです。京都や大阪では、毎週どこかで能楽が催されていますので、しょっちゅう出掛けて行っては、色んな笛方の吹き方や「差し指」を注意して聴いていました。まさに十人十色。中には装飾音だらけで、もはや曲の原形をとどめていないかのように聴こえる吹き方もありました。

本当に色んな「差し指」があるもんです。その内、こんなにバリエーション豊かなら、自分オリジナルの「差し指」があってもいいんじゃなかと思うようになりました・・・トーシロのくせに・・・いや、今思えばトーシロであるが故の浅はかさか。

そんなわけで、とあるお稽古の日。私は厚顔なことにも、密かに練り上げ完成させていた(と勘違いしていた)私オリジナル「差し指」を先生の前で臆面もなく吹いてしまったのであります。

「いいね!」

今風に言えば、先生はきっと脳内の「いいね!ボタン」を押してくれるに違いない!そう思っていました。(因みに当時まだFacebookはありませんでした。)

しかし現実は以下・・・

<吹き終わってドヤ顔の私・・・>

「今のは何ですか?」(先生)

「あ、はい、ちょっと差し指を工夫してみました。」

「・・・」

「・・・・・・(汗)」

「おやめなさい。」

「あ、は、はい、すみません・・・でした・・・(シュン・・・)」

と、一蹴でありました。

先生が話して下さったことには、実は先生自身も見習い時代、自分オリジナルの「差し指」を大先生の前で吹いたところ、「いやらしい」と一蹴されたことがあったのだそうです。その時は「いやらしい」の意味がよく分からなかったということですが、能楽師としてプロの舞台に立ち、幾つもの場数を踏んだ今日振り返ってみると、確かに「いやらしい」ことをしていたと頷ける、そうおっしゃっていました。

「蛇足」という言葉があります。御存じの通り、蛇の絵の描き比べをしていた男が、蛇に足を描いてしまったが故に、台無しにしてしまった・・・そんな故事から生じた言葉です。

私のオリジナル「差し指」は正に蛇足でありました。蛇をよく知る者は決して足は描かないでしょう。それと同じ様に能楽をよく知る者は決して「いやらしい」ことはしないのであります。

今日の広島市は寒さがピークの一日だったそうです。何故かそんな日に過去の赤面エピソードが思い出され披露してしまいました。そういえば、オリジナル「差し指」を吹いたあの日も、雨のよく降る寒い日だったなあ・・・

蛇足ついでに・・・

先生に一蹴されたあのオリジナル「差し指」、今振り返ると「いやらしい」と感じるかどうか・・・

「そう悪くないんじゃない?!」

と、未だに能楽がよく分かっていない私なのでしたヽ(^。^)ノ

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