2012年11月– date –
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諏訪令海
堪忍―諏訪令海―
【淨寶 1927(昭和2)年9月1日発行分】 「堪忍」 京都を中心に新しい信仰生活の一団を組織して、今日では日本ばかりでなく、世界の精神界にまで異常の刺激を与えていられる有名な先生がおいでになりますが、ある年のこと先生が鳥取県下に講演をしてお周... -
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街の風景
写真は淨寶寺から車で15分ほどのところにある、私の実家のある街の、とある風景。 この街を、来年度開通予定の「広島南道路」という湾岸高速が横断します。目下、高架の建設が急ピッチ進められている模様です。 子供の頃、走り回った路地裏や、懐か... -
新宅博雄
救済の宗教(1)―新宅博雄―
【淨寶 1927(昭和2)年8月1日発行分】 「救済の宗教」(1) ●人間について(宗教的主体の問題) さきに救済仏について述べた(※1)ので、今回はその救いの一要素たる人間について考えることとする。一体人間の本性は善いものであろうか、悪いものであ... -
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「倉」
最近急に冷え込みましたが、先週は穏やかな秋の日和が続いていました。 そんな秋風に誘われたのか、「そうだ、倉敷に行こう!」と、ある日ふと思い立ち、電車に飛び乗ったのです。 広島駅から在来線に揺られること2時間50分!瀬戸内の美しい景色にも飽き、... -
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報恩講
仏道とは、仏になる道。その道を歩むということは、家庭を捨て、髪の毛をクリクリに剃り落し、肉食を断ち、厳冬の最中、滝に打たれるなどして精神を修養しつつ、ひたすら読経に明け暮れる・・・そんなイメージがある?かと思います。 しかし、浄土真宗の開... -
諏訪令海
我が子の恩―諏訪令海―
【淨寶 1927(昭和2)年8月1日発行分】 「我が子の恩」 ◆高師仏教青年会講演の一節◆ 昔から「子をもって知る親の恩」ということをよく申しますが、私は我... -
諏訪令海
私たちはこの世へ何しに生まれて来たのでしょう-諏訪令海-
【淨寶 1927(昭和2)年4月1日発行分】 「私たちはこの世へ何しに生まれて来たのでしょう」 ◆日曜学校(※1)追弔会講話(昭和2年3月10日)◆ 淨寶日曜学校と言えば、すぐ童話劇「浦島... -
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長野市にて(番外4)
「長野市にて」のブログも、これで6回目を数えます。 我ながらちょっとしつこいかなあ?と思ってましたが、今回で終わりにします。 さて前回の続き・・・賑やかな参道から本堂へと向かった私の目的は「お戒壇めぐり」。 善光寺さんのご本尊は、紀元552年(...
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