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新住職の辞令

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と、ここは京都、「お西さん」こと、「西本願寺」こと、浄土真宗本願寺派ご本山「本願寺」は阿弥陀堂前、9月27日午前5時30分現在。

これから私こと諏訪義円は、ご門主様(言い換えるならば西本願寺の法主)より、住職補任の辞令を頂くのであります。

思えば今年の3月30日、前住職の諏訪了我が高齢につき引退を決意し、私が淨寶寺第17代住職を継承させて頂いたのでした。

しかしながら、それは事務上法律上のこと。

開祖親鸞聖人の血脈、本願寺第25代大谷光淳ご門主(専如上人)より、その辞令を直接手渡されることによって、住職継承は真の意味で完遂するのであります。

よって、私は前日より本山入りし、住職の何たるかを事前研修で講義を受け、今日その日を迎えたというわけです。

ところでその講義の中に印象的なお話がありました。

本山には布教の専門家を育成する機関がありますが、その研修生がある寺院において実習で法話を行った際のアンケートによると・・・

四十代以上、浄土真宗のみ教えに親しんだ方々からは、「とても分かり易く、よく構成が練られた話であり、また話し手独自のみ教えの味わいが伝わってきて、とても感動しました」等、大変高い評価を得ました。

ところが、二十代から四十代前の、仏教に親しみのない方々からは、「一体何を話しているのか分からなかった。」「私達が抱える悩みに応えてくれる教えとは感じられなかった。」「この程度の話しを聞くために時間を割いてお寺にお参りしようとは思わない。」と言う様な、まことに辛辣な答えが返ってきたということでした。

この両極端な評価は一体何を意味するのか。

それは、僧侶自身が身に付けている専門的な真宗用語や教義理解を、お寺に参った聴衆もまた当然知っているであろうという思い違いをしているのではないか。

僧侶も門信徒も、そして如何なる立場も関係なく、私達は皆等しく、生涯み教えを聴聞させて頂かねばならない苦悩の存在である。その精神を忘れ、上段から仏法を教授しよう、啓蒙しようという驕った態度になってはいないか。

仏法に縁の薄い家庭が増えている現代の状況に鑑み、専門用語の多用を避け、言葉を噛み砕き、より分かり易くするという努力を怠っているのではないか。

・・・などなどの反省点が指摘された次第であります。

私自身、心当たりがあり、まことに耳の痛いお話でありました。今一度、自身の法話を点検し再考せねばならぬところです。

しかしながら、その一方、物事というものは、「求めねば開かれない」という側面もあります。

たとえば、ラジオで野球中継を聞いています。

「さて、ワンナウト走者一塁、ピッチャー第六球目、バッター打った!打球はショート真正面へ!ロク、ヨン、サン、でゲッツー、ダブルプレイ!スリーアウトチェンジです。」

野球好きなら直ちに「打者が凡打を放ち、遊撃手が捕球、一塁へ出ていた走者が二塁へ走塁する前に二塁手へ送球して一死。それを捕球した二塁手がさらに一塁へ送球、打者が一塁ベースを踏む前に一塁手がそれを捕球して二死。打者一人に対して、二つのアウトを獲得したため、GET TWO、でゲッツー、即ち併殺、つまりダブルプレイ。よって先に獲得していた一死と併せて三死でスリーアウト。野球は一回三死で攻守を入れ換えるが故に攻守交代である。」と理解しますが、野球に何ら興味のない者は「ロクヨンさん?ってだれ?月通?何それ?」とちんぷんかんぷんなのであります。

ところが「?」を通じて求める者は、野球通に尋ねるなどして、それらの語句の意味を知り、自然と理解を深め野球中継のテンポの良さ、面白さに目覚めていきます。しかし、求めない者は、決して野球と結びつかない「ロクヨンさん」と「月通」を脳内に悶々と抱えたまま日々を過ごすのです。

たとえば「AKB48」。

好きな人は一人一人の名前を判別し、個々の背景や役割を把握しながら、そのパフォーマンスを観賞するのですが、興味の無い人にとっては「何だか大勢女の子が歌っている」ぐらいにしか感じないのであります。

何が言いたいのか分からなくなってきてしまいました。

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閑話休題

ともかく、私は本山阿弥陀堂の晨朝勤行(朝の読経等)に参拝し、その後の「住職補任式」へと臨んだのであります。

尚、これを受式する際は、各寺院の門徒総代(役員さん)に同伴してい頂くのが習わし。いわば後見のようなもの。

全国より集まった新住職と総代方は総勢141名にも達しました。

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入念な事前リハーサルを経て、本番へと向ます。

その式の様子は当然のことながら撮影禁止なので写真はありません。

ご門主様より住職補任の辞令を手渡された時、一種独特の緊張感が走りました。それは私が僧侶の立場で本山の歴史的背景を知っていることから来るものなのかもしれませんが、改めてご門主様、ご本山の非常な重みを感じました。

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式終了後、国宝の白書院、鴻の間(こうのま)へと移動し、祝膳の精進料理を頂きました。鴻の間の雅やかな佇まいの中での食事は格別であります。

撮影禁止のため、写真でご紹介できないのが残念です。

ご門主様は式典の中で、そもそも現代人は、仏教が人々の抱える苦悩や迷いに応え得るものであるという認識を持っていない、という問題点を指摘されました(文責:管理人)。

まさに私自身が法を説く以前に、私の苦悩・迷いの諸問題を仏教に尋ね、そのみ教えに照らされて人生を歩んで行く身でなければならないと痛感させられた、貴重なご教化のひと時でありました。

 

 

 

 

 

 

スリランカ滞在記(35)番外編―フルーツ体験記2

今更ですが、言わせて頂きます。

祝!カープ、25年振りのリーグ優勝!

Bクラスに甘んじていた昨年の今ごろ、誰がそれを予想できたでしょう。

私も然り、その頃、まさか「スリランカ滞在記」が30回を越え、番外編である「フルーツ体験記」を記そうなどと思いも寄らなかったのであります。

本題に移ります。

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我々一行は、マータレーの街をあとにして、「スリランカのヘソ」と言われる、この島第2の都市、キャンディへ到着しました。上写真はその中心にある市場。

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どこの国に行っても市場は活気があるものです。自然と気分が高揚してきます。

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出ました。バナナは南国ではデフォルトであります。

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ここはかなりフルーツの種類が豊富。

お店の大将も威勢のいい早口で客を引き止めます。

「社長!男前だね!もぎたてだよ!もってけどろぼう!」

とでも言ってるんでしょう。

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しかし、見慣れぬフルーツばかり。

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ピーマンみたいな果物もあります。どんなフルーツなのかガイドさんから教えてもらったのですが、完全に忘れてしまいました。でも写真に撮っているということは、私的には当時その形状に衝撃を受けたんでしょう。今改めて見るとさほどでもありませんが。。。

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おっと、やはりおられました!フルーツの王様、ドリアン様。

しかしながら、そのドリアン様でさえ「地べた扱い」。スリランカのフルーツ民度の高さが窺えます。

さて、ここで「実食」です。

通常の流れであれば、ドリアンを食し、おそらく強烈極まりないと言われるその臭いの程を話題にするのでしょうが、そうは問屋が卸さぬがこの世の世知辛さ。

ドリアンに少し顔を寄せたただけで、私の中で異臭騒ぎが勃発しました。迂闊です。たとえ「地べた扱い」でも一度は王様の称号を手にしたフルーツ。私ごとき初心者の手に負えるものでは到底なかったのです。

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よって、そのお隣にあった「ヤシの実」ジュースで勘弁して下さい。

さて、ヤシの実ジュース、日本のレストランなどで清潔なグラスによって提供されている、冷え冷は飲んだことがあるのですが、その場に転がっいるもぎたての丸ごと一個に穴を穿ちストローを突きたてて頂くというのは初めて。先進国の住民としては却って贅沢な飲み方です。

ア”ア”ッ(+_+)

先ず、ぬるい。そして、ポカリスエットとスイカの汁を混ぜて更に薄めたような微妙な味加減。

その味の妙が判るには、あまりに未熟な私の舌。

一吸いで、ごちそうさまとなってしまいました。

南国フルーツ道は険しく奥深いのであります。

【続く】

 

 

 

スリランカ滞在記(34)番外編―フルーツ体験記1

このたび、長年お世話になっている方より、フルーツ王国山梨産の生ブドウが贈られてきました。

艶のある、はちきれんばかりに身の詰まった美しい一粒一粒。まさに食べる宝石であります。

この場を借りて厚く御礼申し上げます。

ところで本題のスリランカ、、さすが南国です、フルーツの豊富さは日本を圧倒。既に山梨県にフルーツ王国の名を冠してしまったので、たとえば、スリランカはフルーツモンゴル帝国とでもしておきましょう。

と、いう訳で、今回は番外編、スリランカの豊なフルーツたちにスポットを当ててお送り致します。

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行く先々の街には、必ずと言っていいほど斯様なフルーツショップがあります。

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バナナの種類も豊富で、店頭には普通のバナナ、モンキーバナナ、高級そうなバナナ、その他のバナナと、色々並んでいます。

??ところで、赤丸部分、様々なバナナたちに混じってマンゴーっぽい赤い実が、しれーっとぶら下がっています。

あらあら。おーいマンゴーさん、そこはバナナスペースですよ―。

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と思いきや、何とこれは「赤いバナナ」。

添乗員さんが気を効かせて自発的に買ってきてくれました!

旅に若干疲れ気味のツアー客のゴキゲン回復を狙ってか?

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反対側です。何か、薄っすら黄色の下地が見えているような・・・まさか赤く塗ってるだけでは・・・という一抹の疑念を抱えつつ、カワを剥きます。

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おっと、意外とフツーの外観で、またお味も割と濃厚ながら正統派。

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芯も普通のバナナと較べて特に変わったところはありません(それだけに普通のバナナを赤く塗っただけという疑念は拭えないような・・・)

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完食。「赤いバナナ」初体験です。

赤い以外は割とフツーのバナナでした。

因みに、この「赤いバナナ」、その後も別の場所でチラホラ見かけたので、赤く塗っているわけではないことが判明。

うたぐってスミマセン<m(__)m>

と、いうお話でした。

【続く】

 

スリランカ滞在記(33)

祝一周年!

そう、1年前の8月27日、私は5泊6日のスリランカ旅行を終え、無事、大和の土を踏むことが出来たのでした。

そして、その興奮冷めやらぬ9月1日に始めたのが、この「スリランカ滞在記」。

あれから秋が過ぎ、冬を越え、春を迎え、夏を過ごし、いつの間にか1年が経とうとしています。

先日、御世話になっている方から、久々にこのブログを開いてみたら「スリランカ滞在記」がまだ続いているので思わず椅子から転げ落ちた、とのメールを頂きました。

極めて妥当なリアクションであります。

しかも、5泊6日のまだ四日目。まだメインディッシュにも至っておりません。

一体何なんでしょう、この滞在記・・・

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さて、ここはマータレー「アル・ビハーラ」の僧院内。まだあどけなさの残る、人懐っこい笑顔の少年僧が出迎えてくれました。我々一向は、これからこの街一番の高僧と面会します。

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謁見室でしばらく待機していると、やって来られました。このスマイリーな方が件の高僧であります。

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おやおや、タコ糸のようなものが、全員の手に渡されました。

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高僧の手を発端とし、一本の糸で全員が繋がりました。

そして高僧は経文を唱え始めました。

お経の「経」は、インドの言葉で「スートラ」と言い、「縦糸」のことです。「経」の字も、地球儀の「経線」のように「縦」という意味があります。

糸は経典を結ぶ綴紐となりますが、バラバラのページを秩序立ててまとめる役割を持つため、そこから「み教えを一貫させる」という意味が見出されます。

織物においても、縦糸は端から端まで貫かれており、ヨコ糸は縦糸を手掛かりに絡め、色んな柄を織っていくそうです。

おそらく私たちに手渡された糸には、そんな「スートラ」の意味が込められているのでしょう。

国も文化も人種も違うけれども、我々は仏法に貫かれ繋がっているのです。

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経文を唱え終わると、紐は分けられ一人一人の手首に巻かれました。

ミサンガを想起させますが、ガイドさん説によると「魔除け」だそうです。

占い、迷信を否定する浄土真宗とは立場を異にする考えですが、我々を大切にもてなしてくださっている気持ちが伝わってきました。

IMG_7086_1600しばしの面会を終えると、高僧は僧院の奥へと戻って行かれました。

ところで、この寺院「アル・ビハーラ」は古い経典を蔵していることで有名(らしい)。

僧院の傍にある蔵には、たいそう古めかしい経典がケースの中に収められていました。

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上の写真がそうですが、中ほどに二つの丸い穴が空ています。おそらくそこに先ほど触れた「縦糸」を通して経典を綴じていたのではないでしょうか。

ちなみに経典に使われているのは紙ではなく「パピラ」という椰子の葉っぱで作られた物で、とても丈夫なものらしいです。なんと2000年前の経典もしっかりとした状態で保管されているとか。

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その「パピラ」への刻字を、蔵の管理人さんが実演してくれました。有料で。

①まず、パピラに文字を刻みます。

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②おそらく炭でしょう。刻んだ文字に刷り込みます。

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③最後は何かの白い粉で磨き上げる。

とても根気のいる作業ですが、その効果は確実に2000年以上有効。

スリランカの、先人の知恵と技術に脱帽です。

【つづく】

 

スリランカ滞在記(32)

酷暑の続く、今日このごろ。

言ったところで、どうなるわけでもないのに二言目には思わず出てしまう「暑いですねえ」。

しかし、猛暑をものともせず、甲子園で気を吐く高校球児とその応援。

夏なのに失速しないカープと、またその応援。

私的には予想だにしなかったリオ・オリンピックのメダルラッシュとその応援。

この「スリランカ滞在記」連載も、孤立無援ながら負けてられないのであります。

さて前回に引き続き、ここはマータレーという名の町にある仏教寺院「アル・ヴィハーラ」

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建立時期は紀元前1世紀!2000年以上の歴史があります。

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スリランカの古い寺院は、このような天然の岩場に造られているケースがよく見られます。

ガイドさんによれば、天然の岩場は修行者にとって絶好の修行場所。確かにジャングルの密林と違って、身体にまとわりつく虫も少ないでしょうし、岩陰に入れば涼しく、瞑想など行うにはうってつけの環境と言えましょう。

恐らく、そのような岩場に修行僧が自然と集まって来て、寺院を形成するに至ったのだと思われます。

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全身金色の僧形を発見。恐らく寺院の創始者か、伝説的な事績を遺した方でしょう。

スターウォーズに出てくる金色のアレっぽいですね。

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煙が上へ向かうがごとく、岩場をぐいぐいと登っていきます。結構高い(汗)・・・

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前日訪れた、恐怖の岩場「シギリアロック」を彷彿とさせる階段が現れました。

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頂上付近。やはり、けっこうな高さがあります。何でこんなところに・・・

「シギリアロック」も然り、修行場が何だかんだと言ってはおりますが、スリランカの人は元来こういった岩場が大好きで、何か造らずにはおれないDNAを宿しているのではないかという気がしてきました。血が騒ぐというやつです。

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てっぺんには仏塔(恐らくお釈迦様の御遺骨の一部が納められている)がありました。

そこをお参りした後、私たちは岩場中腹に建てられた僧院へと向かいました。IMG_7070_1600

中へと案内されます。

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とても清潔で、しかも、どこかさり気のない洒落た雰囲気のある空間。

これより、この街一番の高僧と面会する予定です。

【続く】

 

原爆忌

本年も8月6日がやってきました。

広島にとって忘れられない日、忘れてはならない日。

昨今、平和公園を訪れる海外の方々が随分と増えておりますが、多くの人が、今の美しく整備された広島の街に驚き、焦土から不死鳥の如く街を再興させた広島の人びとの強靭な精神に畏敬の念を抱いているということです。

私もまた同感で、この広島に生まれ育ちながら、71年前にこの美しい街が一度、徹底的に破壊され尽くして滅ぼされたということが未だに信じられないと思いです。そして、焼け野原となってしまった広島をここまで復興され発展させて来られた先人方の御苦労には、ただただ頭が下がるばかりです。

しかしながら、広島出身ジャーナリストの堀川惠子氏著作「原爆供養塔―忘れられた70年の遺骨」(文藝春秋刊 2015)には、このような記述が見えます。

『あの日、瞬時に命を奪われた人たちが、足元にはまだ大勢眠っている。佐伯さんはいつも「ごめんない、ごめんなさい」とつぶやくように繰り返しながら、平和という名の冠を頂く公園の中をそっと歩いた。』

佐伯さんとは佐伯敏子さんのことで、被爆者で「原爆供養塔の守人」と言われる方です。平和公園の下には、まだ大勢の原爆で亡くなられた方々のご遺骨が眠っている。その上を土足で歩く自分を申し訳なく思っていらっしゃったのでしょう。

表面上、綺麗な街に見える広島ですが、その地層には未だ癒えることのない深い悲しみがあるのです。

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前日の8月5日の晩、広島市内のお寺全体でお勤めする「原爆逮夜法要」が、その原爆供養塔の前で営まれました。供養塔の地下にはおよそ7万人ものご遺骨が納められている(前出書)ということです。

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そして、本日は、元淨寶寺が所在していた旧中島本町(現平和公園内)の原爆犠牲者追悼法要が、当淨寶寺住職導師の元、例年の通り修められました。

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場所は旧中島本町の原爆死没者氏名が刻まれた、慰霊碑と平和観音像前です。

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被爆者の方々、またそのご遺族の方々の高齢化が進み、この法要をどのように後世に引き継いでいけば良いか、喫緊の課題となっております。

今年で第71回目を迎えた「旧中島本町原爆犠牲者追悼法要」その灯を絶やさぬよう、努めてまいりたいと思います。

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スリランカ滞在記(31)

スリランカの地を踏んで三日目の朝を迎えました。

ここハバラナから次の目的地、スリランカ第二の都市キャンディへと向かいます。

大体、距離にして80㎞くらいでしょうか。バスでおよそ3時間。

途中、マータレーなる田舎町を通りました。IMG_7002_1600

スリランカのおヘソとも言うべき場所に位置するこの町は、スパイスの名産地でもあるそうです。

我々一行は「スパイスガーデン」という観光施設に(頼んでもいないのに)立ち寄ることとなりました。

「スパイスガーデン」、日本語に訳せば、「香辛料の園」。その名の通り、多種多様な香辛料が所狭しと植わっています。

ココアだとか、シナモン(スリランカは世界一の生産量だそうです)などなど、普段の生活では馴染あるスパイスですが、その原物は未見。へえー元はこんな植物だったんだあー、と(若干の)感動がありました。

しかしながら、それよりも興味を惹かれたのが・・・

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彼です。

「上手」では言葉足らず、まことに巧みに日本語を操るのです。

「えー」とか「あー」とかの引っ掛かりがない、マシンガントーク。リズミカルに、そして畳み掛けるようにガーデン内の説明をこなしていきます。完全に私より日本語が流暢。

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一行は皆、彼の勢いに呑まれそうになります。

しかし、ここまで淀みなく話されると、あれです。ペテン師に見えてきます。不思議ですね。

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そして、案の定、自社製品の実演販売へと移行していきました。

高田社長ばりの熱演。

神経痛に効くだとか、肝臓をきれいにするだとか、中高年を刺激する言葉を連発し、場はすっかり彼のペース。

特に首や肩こりに、てきめん効き目のあるというハーブオイルを紹介された時など、慢性的な凝りを抱える私はすっかり買う気に。前回の「アーユル・ヴェーダ」でハーブオイルには苦戦させられたにも関わらず・・・です。

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売店に行くと様々な天然製品が陳列してありました。

ところが、値段は平気で数千円!します。日本で買っても「ちょっと高いなあ」という感じ。

スリランカの物価から考えると、明らかに〇ったくりではないか。

しかし、あのペテン師っぽい彼の早口な言葉が頭に蘇るのです。

「ココでしか売ってナイヨ~」

「日本には輸出してナイヨ~」

・・・と、いうことで、かなり売れてました。本当に商売上手ですね。

と、ちょっとガイドさんの(マージンの)関係で寄り道した我々ですが、この滞在記はあくまで寺院の研修旅行。

同じ町にあるスリランカ有数の古刹「アルヴィハーラ」へと足を延ばします。

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【続く】

スリランカ滞在記(30)

日本が誇る伝統工芸、金箔職人。

金箔職人は僅か1グラムの金箔を、1万分の1㎜の薄さまで打ち拡げるという。

その広さはおよそ33平米。何というコストパフォーマンス。

そして、この「スリランカ滞在記」、その滞在期間は五泊六日のツアーながら、飛行機での移動時間を除けば、僅か4日と半日。

誰がこの度、第30回目を迎えることなど予測できたでしょうか。

果てしなく薄く、長く、まさにブログの金箔職人芸。

本題です。

スリランカの伝統的治療「アーユル・ヴェーダ」を受けた我々ツアーメンバー三人は、半裸のまま油まみれになりながら、小型のサウナへと詰め込まれ、はからずも互いの肌を密着させていたのでした。

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ところがサウナと思いきや、一向に熱くなりません。それどころか身体が冷えてきました。南国スリランカなのに。

故障か?ならば、どうやってそれを伝えようか・・・と思案をしていたところ、ガラス越しに、サウナの前を通りがかった従業員の女性が立ち止り、一瞬「アチャー」という表情を見せて箱の外面にあると思われる何某かの装置を操作する様子が見えました。

ブイーン、と案の定音がして徐々に温かい空気が流れ始めました。スイッチ入れ忘れっとたんかい。

ところが今度は熱くなりすぎ。となりのツアーメンバーが、

「はよ出せや(熱)」

と苛立ってまいりました。その怨念が通じたのか、間もなくして従業員が扉をあけ、メンバーの一人に人差し指でコイコイをしました。先ず一名釈放です。

それから5分くらいは経ったでしょうか。漸く従業員が扉を開けてくれました。私の番か・・・

「よっしゃ!」

コイコイをされたのは苛立ち指数マックスのほうでした。二名釈放され、ついに残ったのは私一人。鬼界島においてけぼりの俊寛の気分。

時間が過ぎていきます。しかし、今度は5分過ぎてもやってきません。苛立ちが不安に変わります。もしかして、僕って忘れ去られてません?

その時、ようやく三度扉が開きました。辛うじて覚えてくれてたみたいです。やっとコイコイされる、と思ったら、その従業員はアゴで「出ろ」的なしぐさをし、私を別室へと誘ったのでした。

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かまぼこ型の不気味な棺桶のような箱に薬草が敷き詰められています。恐らく、あの中に寝かされ、点心の要領で蒸されるんでしょう。

それが熱いのなんの。ううっ~っと思わず呻いてしまいます。

少し離れたところでは従業員がたむろして談笑しています。なるほど先程私が取り残された理由が分かりました。しかし、今回も中々出してくれません。話は盛り上がっている模様です。もしかしてこの至近距離で忘れ去られてる??

ピッピッピ

電子音が鳴りました。従業員がやってきて蓋を開けてくれます。一応アラームで時間はかってたんですね。涼しい風が体を包みました。ああ、かまぼこが棺桶にならなくて良かった。私はついに解放されたのです。

アーユル・ヴェーダ、どうやらこれで終了のようです。

ハーブ油でツボ刺激→オイルマッサージ→サウナ→ハーブ蒸し

と、これが施術の内容なのでしょう。料理のレシピか。

しかしながら、身体は依然油まみれ、このままでは着る物触るもの全てを油でべたべたにしてしまいます。私はシャワー室へと案内され、一枚の薄いタオルと、消しゴムみたいに小さな石鹸を渡されました。

「こんなんで油が取れるかっ!」

と石鹸を渡された私が真っ先に思ったことを、先にシャワーを浴び始めていたメンバーが叫びました。やっぱり取れないんですね・・・

それでも石鹸を最大限使い切り、なんとか人前へ出れる状態でシャワー室を後に。

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外へ出ると辺りはすっかり暗くなっていまいした。

さて、これが私の貴重な本場スリランカでの「アーユル・ヴェーダ」体験記です。

その印象や効果については文脈から推し量って頂ければと思います。

因みに一緒に受けた女性メンバーは、よかったよかったと、かなり好評だった模様。

いずれにせよ、遠い異国での体験は、いかな体験と言えども思い出という「宝」になりますね。

なんだか、滞在記の締め括りのような言葉が出てまいりましたが、とんでもございません、「スリランカ滞在記」まだまだ薄く、長く続きます。

【続く】

 

平成28年度仏教婦人会総会

去る、6月25日(土曜日)、我が淨寶寺仏教婦人会の総会を開催させて頂き、35名の会員方にご出席を頂戴致しました。

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婦人会の皆様には平素より、法要行事その他、多大なお力添えを頂いています。

これは誇張でもなんでもないんですが、ここ淨寶寺だけでなく、全国の寺院が婦人会のお力に支えられています。

たとえば京都駅前の東本願寺(真宗大谷派)に行くと、境内に巨大な縄が展示されています。それは毛綱と言って、明治時代、幕末の戦禍で灰になった御影堂や阿弥陀堂を再建する時、全国のご門徒の女性が自らの髪を切って麻と一緒に織り込んで縄にして寄進したというものです。

その毛綱を使って、世界最大級の木造建築と言われる東本願寺御影堂が建ったわけですね。

そういう大小のお支えを頂きながら、今日まで寺院が存続できております。

「社会へ貢献するような新しい力を生み出すその元は家庭にあります。私たちひとり一人がそのような家庭を築いていくことが大切です。」

これは婦人会長さんの挨拶の言葉。正にその通り!頷かされました。

「ご聴聞を重ね、親鸞聖人のお言葉そのままを信じる身にさせて頂きましょう。」

これは副会長さんのシメの言葉。流石、安芸門徒!

淨寶寺仏教婦人会、誠にたのもしいことです!

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笛のお伴「カキツバタの里」

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突然ですが、ここは北広島町八幡高原「カキツバタの里」

梅雨時に咲くカキツバタに魅せられる人は多く、この花の題材で有名な尾形光琳は、執拗にカキツバタばかり描いていた時期があったそうです。

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緑葉に浮かぶ鮮やかな紫に複雑な花弁、いつの間にか色んな角度から眺めてしまう魅力があります。また、湿原に群生するため蛙の声が聞こえ、さらに初夏の風に揺られるなどして誠に風流なのであります。

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ここ「カキツバタの里」は20万本ものカキツバタが植えられているということ。私が訪れた一昨日(6/5)は、残念ながら満開とはいかなかったものの、それはそれで結構な眺めでありました。

ところで、何故私ごとき不粋なものが、季節の花を愛でるなどという分不相応な所業に及んでいるかと言えば、以下の理由からなのでした。

①その日(6/5)は、「カキツバタ祭り」であった。

②その「カキツバタ祭り」のイベントにおいて、私の笛の師匠、福原一閒(フクハラ イッカン)先生が毎年演奏をなさっている。

③その一閒先生よりお手伝いを仰せつかった。

ということですね。

先生の演奏は、朝10時半前後。私は7時過ぎに出発し、他二名のお弟子さんと共に「カキツバタの里」まで来ちゃったわけです。

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さて、イベントが始まりました。先頭は地元の癒し系女性デュオ〇〇〇(名前は忘れてしまいました)。MCによれば、何と前日の夜、つまり前夜祭で急遽出演が決まり、番組に捻じ込まれたそうです。

前夜祭、飲めや歌えやで地元は相当盛り上がったんでしょう。そして、たまたまその場のノリで思いがけず出演が決まってしまった、ものの、ノリは翌朝すっかり消えていて、出演の現実のみが売れ残っている、だけれども、やるからには精一杯やり切りろうね!と二人で決意し合って登ったステージ、という顛末を想像してしまいました。

ところでこの女性デュオが披露された、ウクレレ伴奏による「カレーの歌」。

♪カレーはか・ら・い♪

♪カレーはおいしい♪

など、至ってシンプルかつ当たり前な歌詞が、のどかな高原の風景にほのぼのと響きました。

本日のお昼は「カレー」に決まりです。

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なぜなら、「カキツバタ祭り」では地元の方々が軽食を出店、つきたてのお餅に、うどん、炊き込みご飯、炭火焼き鳥、パンやお菓子、そしてカレーライスなど、様々に美味しい選択肢が用意されており、お昼に何を食べようか私少々迷っていたのです。しかし、「カレー愛」に満ち溢れた「カレーの歌」によって、揺れていた私の心はピタリと定まったのでした。

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福原一閒先生の演奏が始まりました。

いつも感じるのですが、先生の音色は、篠笛―乱暴に言えば竹に穴を空けただけのシンプルな楽器から出ているものとは思えないほど艶やかで多彩です。その音色が、湿原の穏やかな風の音、あるいは蛙や野鳥の声などと違和感なく溶け合い、まるで自然の恵みのように感じられます。

お手伝いの身ゆえ、一番間近で先生の笛を聴けたことは、いわば役得でありました。

因みに私は、先生の演奏による「荒城の月」及び、先生の小鼓による「三番叟」で、能管を奏させて頂きました。

尚、三番叟、能管など、平素耳慣れぬ用語が出てまいりましたが、説明は(面倒なので)省きます。よければググってみて下さい。

さて、三十分に亘る先生の演奏が終わりました。

緊張からの開放。湧きあがる空腹感。そしてカレーライス。八幡高原の豊かな自然に育まれたお米と野菜、そして水、美味しくないわけがありません。

ところで先生曰く、カレーは笛の大敵なんだそうです。

そのスパイスが唇に微妙な影響をもたらすのでしょうか。平素出る音も出なくなる危険性があるとのこと。故に演奏前のカレーは御法度。

しかし、今は演奏後。自由の身であります。

ところが・・・

スタッフさん「次はお昼の12時半くらいになります。続いてお願いしまーす。」

え?何が?先生、12時半から何かあるんですか?

先生「ごめんごめん、言ってなかったっけ。朝と昼と、ステージは2回あるんですよ^^」

え?もう一回あるんスか・・・じゃあ、カレー食べちゃだめですよね・・・

先生「食べちゃだめですよ^^」

朝食を抜いてやって来た私です。何も食べずに次のステージまで過ごすのはちょっと無理。

また、もしお昼の演奏が終わるまで食事を我慢したとしても、カレーが売り切れてしまっている可能性も十分あります。

ならば、その時の絶望感は半端ではないはず。

仕方なく、カレーは断念し、うどんに切り替えた、

と、そんなお話でした(長々とすみません)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スリランカ滞在記(29)

「こんなもんか・・・いや、こんなもんさ」

「アーユル・ヴェーダ」、その蠱惑的な響きに導かれるまま、そしてガイドさんの言値のままに受けた二千年以上の歴史を誇るスリランカ伝統的医療。

しかも意味不明な壺や不気味な液体が用意されるなど、施術前の期待値はMAX超え。

劇的な肩こり改善どころか、この薄汚れてしまった精神まで浄化されるのではないかと胸を膨らませていました。

何せ、二千年です。日本において二千年以上の長きに亘り、未だ伝わっているものって蒙古斑くらいなものでしょう。二千年間、淘汰され生き延び洗練されていった技術、それが「アーユル・ヴェーダ」なのです。どんなサプライズがあったとしても不思議ではありません。

ところが、蓋を開けてみると、ハーブオイルを使用した、いわゆるオイルマッサージの域を逸脱していない。白毫(滞在記vol.28を参照のこと)にオイルをたらされるという、プチサプライズはあったものの、全身オイルまみれでヌルヌルになったこと以外、取り立てて特筆すべき技も効果も感じられない。

故に私は冒頭の言葉をつぶやいたのでした。

そこにはいくばくかの失意と、年甲斐も無く過度の期待を寄せてしまった自嘲も含まれていました。

ところが・・・

 

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パンツ一枚で全身オイルまみれになった私は、施術台から降りろと指示され、上の如く、部屋の隅に配置された不可解極まりない箱の中へと案内されたのです。

「せまいのう(困)」

入って思わず出た言葉。

箱の中にはベンチが設置されており、そしてハーブらしき草っぽい匂いが充満しています。小型のサウナか?どうやらこの油まみれの身体を蒸し上げるという魂胆でしょう。

ん?外でなにやらブツブツ言っています。

扉が開いて他の施術台にいた、おいちゃんの一人が入ってきました。

「なんじゃ、せまいのう(困)」

一人でも狭いのに、既に私が入って座ってるんですから、せまくて当たり前。しかも二人共パンツ一枚で油まみれ。空気に「気まずい」という字が浮かび上がって読めるほどです。

しかし、これもまた「アーユル・ヴェーダ」。

オイルマッサージは序章に過ぎなかったのです。「こんなもんか」と知った風なことを呟いた己を恥じるほかありません。おいちゃんもまた仕方なく、観念したようです。なるべく肌を密着させぬよう、ベンチの角に座りました。

ところが・・・

また外から何かブツブツ聞こえてきます。

空気の「気まずい」という文字が「まさか・・・」に変わりました。

案の定、再び扉が開き、別の施術台にいたもう一人のおいちゃんが入ってきました。

「なんじゃあ!せまいのう(怒)」

そらそうですね。狭いサウナの箱の中に油まみれの中年男が二人座っているのですから。平素であれば眼を覆いたくなるような暑苦しいシチュエーション。しかも、そこに並んで座れと言う。平素であれば金を積まれても断るシチュエーションです。

しかし、これもまた「アーユル・ヴェーダ」。これを乗り越えねばミッションはコンプリートしないのです。選択肢は一択。もう一人のおいちゃんもまた、体を捻じ込むようにしてベンチに座りました。

今、パンツ一枚油まみれの中年男三人は互いに肌を密着させて、この小さな箱の中に並んで座っています。しかも、スリランカなんだけれども、箱の密室には三名の日本人です。年功序列の日本文化が自然と発動し、一番年下(42歳)の私がベンチの真ん中に座ることとなりました。右と左とパンツ一枚油まみれのおいちゃん二人(二人とも60代)に挟まれてしまった私。なるべく眼を合さぬよう、身体を動かさぬよう、細心の注意を払います。なんだかやけに肩が凝ってきたなあ・・・

おかげさまで先ほどのオイルマッサージ、すっかりチャラとなってしまいました。

これでいいのか「アーユル・ヴェーダ」よ!!

【続く】

平成28年度門信徒総会

昨日、5月21日は親鸞聖人のお誕生日「降誕会」。

その日をねらったわけではないのですが、本年度の門信徒総会を開催させて頂きました。

お天気は快晴。ご多用の中、50名以上のご門徒様方がご参加下さいました。

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実は私(このホームページの管理人)、本年4月1日を以て当山第17代住職を拝命致しました。

先代第16代が体調を崩したため、大事を取って急遽引退することとなったのです。

遡ること昭和10年、淨寶寺第15代の諏訪令海は、ある女性を鹿児島のとあるお寺へ送り届けました。そしてその女性は5人の子供をもうけ、その娘の一人が広島のお寺へと嫁ぎました。その娘を母として私が誕生し、今から4年と4ヶ月と20日前の2012(平成24)年1月1日、この淨寶寺に養子跡取りとして入寺したわけです。

先々代が祖母を送り届けた、それは雨粒の一滴のような小さなご縁ですが、その縁が育まれ、巡り巡って川となり、その流れの中で、このたび淨寶寺第17代住職を託されたように私は感じております。

因縁の不思議さ、そしてそれを如来様のお手回しと頂く他ありません。

と、そのようなことを例年通りの行事報告と併せて、ご報告させて頂いた次第です。

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さて、門信徒総会、今年の余興は「落語」

広島演芸協会々員の「安産亭徳丸」さんにご出演頂きました。

「落語」にぴったりな安産型の風貌と、落ち着いた、よく響く声。軽快な小咄で「お寺いじり」をした後、古典落語「時うどん」に入りました。

扇子の柄を割りばしに見たて、うどんをずるずると食べる所作・・・うーん、この後の懇親会用に折詰弁当を用意してるんですけれども、うどんを食べたくなってきました。

因みに私の好物は麺類。

そして「今何時や・・・」と、お馴染みのオチも流石の安定感。「安産亭」の名に恥じません。

30分強ほどの出演でしたが、あっと言う間。

後でご門徒さんより、「ウチの町内の婦人会で呼びたいわ~」とのお言葉を頂くなど好評を博しました。

安産亭徳丸さん、笑いのお時間を有り難うございました。